「沖縄スパイ戦史」の舞台を訪ねて


戦争はまだ終わっていない。

沖縄へ行くたびにそう感じます。

6月に北杜で上映会を開催した「沖縄スパイ戦史」。
沖縄の少年たちをゲリラに仕立て戦闘に参加させていた護郷隊のことを、映画を見るまで知りませんでした。

今回の辺野古滞在では、映画「沖縄スパイ戦史」の大きなテーマのひとつであった護郷隊の足跡を訪ねました。
護郷隊は米軍に気づかれないように集落から離れた山中に本部を設営し、そこから集落を占拠していた米軍を奇襲攻撃していたのですが、その護郷隊の本部跡を探しに山の中に入りました。

護郷隊の本部跡は、三上智恵監督も以前に行こうとして行けなかった場所です。
沖縄の山は、道がはっきりしていないと山慣れしていない人には歩くことができません。
地形図が読めないと道に迷って遭難の危険があるからです。

前回沖縄へ行った時に、三上監督が書かれていた文章を読んでだいたいの場所の目処をつけ、地形図を頼りに行ってみたのです。
ただ、沢沿いにいくつかの人が掘ったらしい穴を見つけたので、そこだと勘違いしてそれ以上奥へは行きませんでした。
その後「沖縄スパイ戦史」の上映会の時に三上監督から、もっと奥に本部があったらしいと聞きもう一度行きたいと思っていたのです。

今回は、三上監督と護郷隊のことを調べている Sさんと3人で、北部の山へ分け入りました。

美しい滝から尾根へ上がり、滝の上部の沢へ出て、さらに沢を渡って尾根に取り付きます。その周辺には人が掘ったとしか思えない穴がいくつかあります。
そこまでは前回行ったのですが、さらに尾根を歩くと明らかに道と思える窪みが続いているのを見つけました。

そこからは藪をかき分けながら道をたどりました。
地形図を見ると広い平坦な場所 が100mほど先にあるので、そこが本部跡ではないかと目星をつけてさらに歩きました。
すると、丸い穴が掘られているのを見つけました。
その穴は5mおきくらいに掘ってあります。
年月がたっているので落ち葉で埋まってはいますが、小柄な少年であればすっぽりと入れそうな穴です。

敵を迎え撃つための壕でしょう、とSさん。
他の護郷隊の足跡も訪ねているSさんもこれだけはっきりと残っているものは初めてとのことです。

わずかな距離ですが、藪をかき分けながら進まなければならないのでとても時間がかかります。
今は12月なので快適な気温ですが、沖縄戦当時の暑いジャングルを敵の影におびえながら進むのは、まだ10代の少年たちにとってどんなにか精神的にきつかったことか・・・。
時には急登もある尾根を、1年分の食料や本部設営のための資材を荷揚げする少年たちのことを思いながら歩きました。

しばらく登ると尾根はだんだんと平らになり、平坦な広い窪地に出ました。
100人や200人は休めそうな場所です。
そこにも穴が掘ってありましたが、それより上には見つからなかったので、Sさんとこのあたりが本部だったのでしょうと言いながら休憩しました。
70年以上たっているので、掘ってある穴以外に本部があった形跡は見当たりませんでした。
ただ、当時は1000人近くの兵士たちが本部にいたということなので、他にもアジトがあったのではないかと思い地形図を見ると近くにも平坦な場所があります。
その方向へ踏み跡らしき跡があったのですが今回は次の予定もあるので、そこへは行かずに戻ることにしました。

山を下り、三上監督の案内で、映画にも出ていた元護郷隊隊員「リョーコーさん」のお宅へ伺いました。
亡くなった護郷隊員の供養のためにリョーコーさんは家の裏の高台にカンヒザクラを植えています。
その裏山へ案内していただいたのですが、96歳とは思えない足取りで山を歩くので驚きました。
終戦後PTSDを発症し、その発作があまりにも激しいので「戦争幽霊」と呼ばれて座敷牢に入れられたこともあるというリョーコーさん。
その後もPTSDに悩まされ続け、50歳を超えた時にキリスト教と出会ってようやくその症状から解放されたと映画では紹介されていました。

でも、護郷隊の時の経験が体に染み付いていて、山中の平でない地面に寝ていたせいか、今でも襖を斜めに置いた上に寝ているのだそうです。今のリョーコーさんの笑顔は戦争の苦しみから解放されているように見えますが、まるで昨日のことのように沖縄戦当時のことを語るリョーコーさんを見て、戦争というものが人の心に落とし続ける影の深さをつくづく思いました。
ただ、その影を、桜を植えたり人に会ったりすることで、不思議な明るさに昇華させているから今のリョーコーさんの笑顔があるのだと感じました。



辺野古の新基地建設をめぐる沖縄の人々の様々な想いや、私たち「本土」の人間の無関心もやはり戦争の「影」なのだと思います。
その「影」はまだまだ終わりの見えないトンネルのようなもの。
戦争とはこんなにも長く人々を蝕み続けるものなのだと改めて感じました。

ただ、その影にもまったく光が見えないわけではありません。
戦争の真実を撮り続けている三上監督や護郷隊を調べているSさんのような地道な仕事、そして辺野古の抗議活動に沖縄県内や全国各地から集まってくる人々は、小さな光ですが未来を照らす希望の光だと思っています。

中島



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