沖縄レポート(辺野古ゲート前)

6/1〜5の5日間、沖縄へ行ってきました。
工事が強行されてしまっている辺野古、そして宮古島へ行って現状を見たかったのと、今回の上映会のゲストに会うためです。
1日の夜遅くに辺野古のゲストハウスに到着、翌2日の朝7時に海上行動のベーステントへ。
しかし、天候が悪くて海上行動は中止。そのままゲート前の抗議行動に参加しました。
 
 雨のためもあり、ゲート前の人数は10数人。
機動隊の方が圧倒的に人数が多い状況での抗議行動でした。

「抗議行動」とは何をするかと言うと、工事車両が入れないようにゲートを塞ぐのです。
しかし、この人数ではすぐに機動隊に排除されてしまい、結局この日は100台近いダンプが海兵隊基地・キャンプシュワブ内に入っていきました。
ゲート前に抗議する人が増えれば、工事車両が現場に入るのを止めることができます。
それはイコール工事を止めるということです。
 キャンプシュワブのある辺野古崎の浜辺でK9護岸という埋め立て工事が始められているのですが、工事車両はその護岸に使用する砂利の搬入車両がほとんどです。
その砂利は、海を汚さないために洗浄してから搬入することになっているそうなのですが、現地のニュースによると洗浄はなされておらず、海に濁りが出ているとのことでした。実際に、海に潜ったダイバーの話を聞いたのですが、以前よりも明らかに透明度は下がっているそうです。
取り返しがつかなくなる前に工事を停止するべきです。

 平日のゲート前は年配の方が多く、那覇から通っている方もいらっしゃいます。
映画にも登場する島袋文子さんのような戦争体験者は少なくなっていますが、ベトナム戦争時に子育てをしていた世代の方は多いと思います。
ベトナム戦争時に沖縄は「悪魔の島」とベトナムの人から言われていたということを、辺野古へ行って初めて知りました。
毎日、自分の暮らす土地から飛び立つ米軍機を見ながら、多くの沖縄の人が心を痛めていたとうこともゲート前で聞きました。
沖縄は基地の被害だけでなく、基地があるが故に戦争加害者にもさせられてしまったということなのです。
だからこそ、沖縄の人たちは自分に降り掛かる被害をどうにかしてくれ、ということだけではなく、戦争加害者になることを拒否するためにゲート前で踏ん張り続けてきたのだと思います。
本土に暮らしている僕たちもまた戦争加害者であったということを、辺野古へ行くと理解させられます。
以前、一緒にカヌーでの海上行動をしていた人がしみじみと言った言葉が今でも頭に残っています。
「戦後70年間、日本が戦争してこなかったなんて嘘だよ。
米軍基地に金を出すことで、ずっと戦争に加担してきたんだ・・・・。
ここ(辺野古)に来てやっとそのことがわかった。」
戦争という、負の連鎖を断ち切るためにも、できるだけ多くの人がゲート前に来てくれることを願っています。

中島

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